短編:4◆『古びた映画館』
4◆古びた映画館
短編textについて
※何年か前に書いてた謎の短編text(全て未発表)が結構な本数出てきたので、気が向いた時に公開します。今読んで変だなと思う箇所があっても直してません。その時には意味があったのかも知れないし、今の自分にはわからないので当時の自分を尊重。
4◆古びた映画館
眼鏡をかけた青年は、人生の大半をここで過ごしていた。
この古びた映画館は、安価に複数の映画を観る事が出来る映画館で、眼鏡をかけた青年は、大好きなこの古びた映画館にいつだって居た。
中に入るとささやかながらのロビーがあり、表で買うよりも若干高めの価格設定がされている既製品の飲食物の他に、手作りの家庭的な食べ物もいくつか売られていて、それがこの古びた映画館の目玉の一つでもあった。
古びた映画館の方針で、アルコール類や強い音が出る食べ物は売られていなかったが、そういった物も取り扱ったらもっと儲かりそうなのになと、眼鏡をかけた青年はいつも思っていた。
古びた映画館の従業員は、眼鏡をかけた青年の知る限りでは、映写技師も兼ねた支配人、受付のオバチャン、飲食物を扱う支配人の奥さん、見習い映写技師の4人だ。
いつも古びた映画館に居る眼鏡をかけた青年だが、人と話す様な事はなく、そもそも話しかけられる様な事もない。
だが、眼鏡をかけた青年はそれが心地よかった。
この日は、1本目に窮屈な人生に嫌気がさして逃げ出す身分ある女性と一般人の恋を描いた映画を観て、2本目に黒いドレスを着た娼婦が宝石店を眺めるシーンから始まる映画を観た。
眼鏡をかけた青年は、どちらもあまり好みでは無かったけど、主演女優はとても美しく、憧れのような感情を抱いたので、3本目の下品な女性を上品に出来るか賭けをする映画も観る事にした。
3本目の映画は、だんだんと素敵な女性となっていく主人公に感情移入はするものの、階級社会を投影した差別描写が好きになれず、眼鏡をかけた青年は、この女優の他の作品がもっと観たいと思い、ひとつため息をついた。
眼鏡をかけた青年は、今日も古びた映画館に居る。
見習い映写技師が、不慮の事故でこの世を去ったのは、まだまだ新しかった古びた映画館に向かう途中の出来事だった。
2015年11月9日作